東京地方裁判所 平成8年(ワ)1902号 判決 1997年10月28日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告は、原告に対し、金二五二〇万四九一八円及び内金二五〇〇万円に対する平成四年一二月一日から支払済みまで年三割の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、破産者が所有する建物の抵当権者である原告が、破産管財人である被告に対して、敷地の地代について代払いの機会を与えなかったこと、借地契約について民法六二一条に基づく解約申入れをしたこと等の被告の行為が、担保保存義務及び破産管財人の善管注意義務に違反するとして、損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 (当事者)
原告は、平成六年九月一二日に破産宣告を受けた乙山松夫(以下「破産者」という。)の債権者である。破産者は、青山利徳(以下「青山」という。)から賃借した(以下「本件賃貸借契約」という。)別紙物件目録記載の土地(以下「本件敷地」という。)上に別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、同建物に、住宅金融公庫のために第一順位の抵当権を、原告のために第二順位の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を、それぞれ設定した。財団公庫住宅融資保証協会(以下「保証協会」という。)は、平成六年一〇月二五日、破産者の住宅金融公庫に対する債務を代位弁済し、第一順位の抵当権者となった。
被告は、平成六年九月一二日に破産者の破産管財人に選任された。
2 (本件建物の無断譲渡)
破産者は、平成五年九月二〇日、青山の承諾を得ずに、原告に対して本件建物を譲渡した(以下「本件売買契約」ないし「無断譲渡」という。)。
3 (本件賃貸借契約の解約申入れ)
被告は、平成六年一一月九日、青山に対して、民法六二一条に基づき本件賃貸借契約の解約を申し入れた(以下「本件解約申入れ」という。)。
4 (破産財団からの放棄)
被告は平成七年七月一三日に破産裁判所の許可を得て本件建物を破産財団から放棄し(以下「本件放棄」という。)、同月二四日に本件建物について破産登記を抹消した。
5 (本件賃貸借契約の債務不履行解除)
青山は、平成七年七月二五日、被告に対して、同年一月一日ないし同年一一月九日分の本件敷地の地代(以下「本件地代」という。)を五日以内に支払わないときは、地代の不払い及び無断譲渡を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示と、本件無断譲渡を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示とを記載した内容証明郵便を発送し、同郵便は翌二六日に被告に到達した。また、青山は、同年八月一日ころ、破産者に対して、本件地代の不払い及び無断譲渡により本件賃貸借契約を解除したとして、本件建物を収去して本件敷地を明け渡すよう求めた。
その後、本件放棄の事実を知った青山は、破産者に対して、改めて同年九月一日に、同年一月一日から同年一一月九日までの本件地代を五日以内に支払わなければ本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を通知した。
二 争点及び当事者の主張
1 本件地代の支払義務
(一) 原告の主張
(1)ア 本件賃貸借契約が解除されると、原告の根抵当権は事実上無価値となるから、借地上の建物に本件根抵当権を設定した破産者は、担保保存義務として、本件賃貸借契約が債務不履行により解除されることのないように、原告のために地代を支払う義務を負っていたものであり、被告は、破産者の右担保保存義務を承継した。
イ(ア) 被告は、破産管財人の善管注意義務として、破産債権者である原告のために本件地代を支払う義務を負っていた。
(イ) 原告が別除権の行使によって破産債権の満足を得られなくなると、原告は破産者の一般財産に対して破産債権を行使することになり、その結果、他の破産債権者に対する配当が減少するから、被告は、他の破産債権者のためにも、善管注意義務として本件地代を支払う義務を負っていた。
(2) それにもかかわらず、被告は本件地代を支払わなかったため、本件賃貸借契約は債務不履行により解除され、本件根抵当権は事実上無価値となった。
(二) 被告の主張
(1) 破産者は、青山に対する関係で地代支払義務を負っていたにすぎず、担保保存義務としての本件地代の支払義務を原告に対する関係で負っていないから、被告も担保保存義務としての地代支払義務を負わない。
(2) 破産管財人の善管注意義務は、破産財団の維持増殖に関する注意義務であり、抵当権者の利益擁護は破産管財人の職責の埒外である。
(3) 本件地代は、本件解約申入れにより破産法(以下「法」という。)四七条八号の財団債権となっており、同法五一条二項によりこれに優先する四七条一号ないし七号の財団債権の総額が破産財団の積極財産を上回っていた以上、被告が本件地代を支払うべきであったとはいえない。
(4) 本件賃貸借契約の債務不履行解除は、本件地代の不払いのみならず本件敷地の借地権(以下「本件借地権」という。)の無断譲渡をも理由とするものであり、無断譲渡による解除の要件である原告の占有は、原告が違法執行によって取得したものであるから、本件解除は原告の違法行為を原因とするものであって、被告の地代不払いと本件解除には相当因果関係がない。
また、このように無断譲渡により自ら解除原因を作りながら、本件訴訟を提起するのは、責任転嫁以外の何ものでもなく、許されない。
2 本件地代の代払いの機会に関する義務
(一) 原告の主張
被告は、担保保存義務及び破産管財人の善管注意義務として、本件地代を破産財団から支払うことができないときは、その旨原告に報告し、原告に対して代払いの機会を与える義務を負っていた。それにもかかわらず、原告が、平成七年一月中旬ころ、被告に対して本件地代の支払状況を問い合わせたところ、被告は、保証協会が本件地代を支払った上で強制競売の申立てをすることになっているので、原告において本件地代を支払う必要はないと回答し、原告が本件地代の代払いをする機会を奪った。また、被告は、青山が平成七年七月二六日に被告に対して、本件地代を五日以内に支払わないときは本件賃貸借契約を解除する旨通知したこと及び青山が同年九月一日に破産者に対して同様の通知をしたことを、原告に告げて本件地代の代払いをする機会を与えるべきであったのに、これを怠った。そのため、本件賃貸借契約は地代不払いの債務不履行により解除され、本件根抵当権は事実上無価値となった。
(二) 被告の主張
(1) 被告は、平成六年末から平成七年初頭にかけて、原告の代理人近藤節男弁護士(以下「近藤弁護士」という。)に対して、破産財団からは本件地代を支払わないので、本件根抵当権を保全したいのであれば本件地代の代払いを検討するように勧告しており、本件地代の代払いをする必要がないとは言っていない。
(2) 1(二)(2)のとおり
(3) 被告は、青山から本件地代の催告を受けたことを原告に通知する法律上の義務を負わない。
(4) 青山が被告に対して本件地代を催告した時点では、被告は、本件放棄についての登記を了しており、既に本件建物及び本件借地権の管理処分権限の喪失を第三者に対抗することができたから、右催告を原告に告げる義務を負っていなかった。
(5) 本件賃貸借契約の債務不履行解除は、前記1(二)(4)のとおり、原告の違法行為を原因とするものであるから、被告が原告に対して地代支払いの機会を与えなかったことと本件解除との間には相当因果関係がない。
3 民法六二一条に基づく解約申入れをしない義務
(一) 原告の主張
被告が本件賃貸借契約について民法六二一条に基づく解約申入れをすると、本件借地権は消滅し、本件根抵当権は事実上無価値となって根抵当権者が害される。それゆえ、原告ら担保権者が存在する場合に右申入れをすることは、破産管財人の善管注意義務に違反するにもかかわらず、被告は、平成六年一一月九日、青山に対して本件解約申入れをした。その結果、本件賃貸借契約が平成七年一一月九日に終了することになったため、被告は本件地代の支払いが無意味であると考えて、本件地代を支払わず、原告に対しても支払いの機会を与えなかった。また、保証協会は、平成七年七月二八日に東京地方裁判所において本件地代の代払いの許可を申請したものの(以下「本件許可申請」という。)、同裁判所において、本件借地権は本件解約申入れにより同年一一月九日に消滅するため、代払いをする意味がない旨説明を受けたことから、同月三〇日に右申請を取り下げて代払いをしなかった。したがって、本件解約申入れと本件賃貸借契約の債務不履行解除との間には、相当因果関係がある。
(二) 被告の主張
(1) 破産管財人の善管注意義務から、本件建物に担保権者が存在する場合には、本件賃貸借契約について民法六二一条に基づく申入れをしてはならないという義務は導かれない。
(2) 被告は、本件解除申入れによる借地契約の終了を原告ら担保権者に対抗できない。
(3) 被告は、破産財団の維持増殖を目的として本件解約申入れをしたものであって、その判断には十分な合理性がある。すなわち、本件解約申入れによって、本件地代債権は法四七条七号の財団債権に劣後する同条八号の財団債権となり、破産財団の積極財産が同条一号ないし七号の財団債権に満たない場合には、その支払いを免れることができる。さらに、本件解約申入れから一年が経過して本件賃貸借契約が終了する際に、青山に対して、抵当権の存在を考慮しない建物の価格で、本件建物の買取請求権を行使することができるから、破産財団の増殖を期待することができる。そして、本件解約申入後契約終了までの間に、本件地代を支払うことができない場合は、青山から地代不払いの債務不履行により本件賃貸借契約を解除される前に、本件建物を破産財団から放棄することができるから、破産財団を減少させる危険性もない。
したがって、被告には何らの過失もない。
(4) 仮に民法六二一条に基づく解約申入れによる借地契約の終了を担保権者に対抗できるとしても、破産管財人が破産財団の利益のために同条に基づく解約申入れをすることによって、建物の担保権者に損害が生じることを、民法自体がやむを得ないものとして容認しているから、本件解約申入れは、法令に基づく行為として違法性が阻却される。
(5) 本件賃貸借契約は本件解約申入れにより終了したものではないから、因果関係がない。
また、前記1(二)(4)のとおり、無断譲渡により自ら解除原因を作りながら、本件訴訟を提起するのは、責任転嫁以外の何ものでもなく、許されない。
4 原告の損害
(一) 原告の主張
原告は、本件根抵当権の被担保債権として、破産者に対して、二五〇〇万円の貸金債権及び右金員に対する平成四年二月二日から同年一一月三〇目までの年一割五分の割合による利息金債権を有していたが、本件根抵当権が前記のとおり事実上無価値になったことにより、右債権を回収できなくなった。
(二) 被告の主張
原告の主張する破産債権の金額は否認する。
第三 当裁判所の判断
一 《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
1 破産者は、青山から本件敷地を賃借しており、地代の決定方法及び支払方法として、青山が各年五月から六月ころ本件敷地の固定資産税及び都市計画税の通知を受領した後に、公租公課の増額分を考慮してその年の地代額を破産者に通知し、破産者が各年六月末日までにその年の一月から一二月分の地代を支払うことが合意されていた。破産者は、破産宣告時には、平成六年一二月分までの本件地代を支払っていた。
破産者は、本件敷地上に所有する本件建物に、住宅金融公庫のために第一順位の抵当権を、原告のために第二順位の根抵当権を、近藤内燃機工業株式会社(以下「近藤内燃機工業」という。)のために第三順位の根抵当権を、それぞれ設定した。
2 破産者は、平成五年九月二〇日、青山の承諾を得ずに、原告に対して本件建物を譲渡した。原告は、平成六年七月一三日及び同年一〇月一四日、本件建物の代金を完済していないにもかかわらず、存在しない自働債権によって右代金債務を相殺して完済したかのような虚偽の記載のある内容証明郵便を執行官に提示し、執行官に執行開始要件を満たすものと誤信させて強制執行し、破産者から本件建物の占有を侵奪した(以下「本件違法執行」という。)。
3 破産者は、平成六年九月一二日に破産宣告を受け、同日被告が破産管財人に選任された。
4 被告は、平成六年一〇月ころ、原告の代理人である近藤弁護士に対して、本件建物の明渡しと看板の撤去を求めた。
5 保証協会は、同年一〇月二五日に住宅金融公庫に対して破産者の債務を代位弁済し、本件建物の第一順位の抵当権の移転を受けた。保証協会は、住宅金融公庫の管理回収業務及び保証協会の代位弁済手続等の業務を担当していた東海銀行東京ローン業務センターの林坂一男(以下「林坂」という。)に対して、本件建物の競売申立てをするよう指示した。被告が同年一〇月ころ林坂に債権回収の方針を問い合わせたところ、林坂は本件建物について競売を申し立てる予定である旨回答した。
6 被告は、同年一〇月ころ、青山に本件借地権の譲渡を承諾する意思がないことを確認し、本件建物の任意売却は困難であると判断した。被告は、民法六二一条に基づく解約申入れをすれば、青山に対して建物買取請求権を行使できると考え、事前に破産裁判所に相談することなく、同年一一月九日に本件解約申入れをした。その結果、本件賃貸借契約は、青山との関係においては平成七年一一月九日に終了することとなった。被告は、保証協会、原告及び近藤内燃機工業に対して、右解約申入れをしたことを告げなかった。
本件解約申入れにより、本件地代債権は法四七条八号の財団債権となったが、同財団債権に優先する同条一号ないし七号の財団債権の総額が破産財団の積極財産を上回ることから、被告は、破産財団からは本件地代を支払わないとの方針を決めた。そこで、平成六年一二月から平成七年一月ころ、被告が林坂に対して、破産財団から本件地代を支払う予定はないので代払いを検討するよう促したところ、林坂は、保証協会において本件地代を支払った上で、本件建物の競売を申し立てる予定である旨回答した。また、被告は、平成七年一月ころ、右の回答を受けた後に、原告の代理人である近藤弁護士に対して、破産財団から本件地代を支払う予定はないが、保証協会が代払いをする予定であることを伝えた。
林坂は、同年二月に本件地代の代払いの準備を始め、本件建物の強制競売の申立てをして同年三月一日競売開始決定がなされたが、同年七月二八日まで代払いの許可申請をしなかった。
7 被告は、平成七年四月ころ、原告に対して本件違法執行による損害を賠償するよう請求した。その後、原告及び被告は、無断譲渡を理由とする本件賃貸借契約の解除を免れ、かつ早期解決を図るべく交渉し、同年七月七日に、原告が被告に対して一五〇万円、破産者に対して一〇〇万円の損害賠償金をそれぞれ支払うことを約した上で、本件売買契約を合意解除した。
なお、右合意解除後も、原告の従業員らが本件建物を占有していた。
8 林坂は、同年七月一〇日ころ、被告に対し、地代の代払いの許可申請をしたいので、申立書の記載方法を教えてほしいと連絡した。
他方、被告は、不法占有者がいるために、速やかに本件建物の明渡しができない可能性があること等から、建物買取請求権の行使を断念した。そして、破産裁判所に相談した上で、本件建物に設定された担保権の被担保債権額の合計が、同建物及び本件借地権の価格を上回り、余剰価値がないことから、本件建物を破産財団から放棄する方針を決めた。そこで、被告は、同月一二日付で「不動産放棄許可申請及び破産登記抹消登記嘱託の上申書」を作成したが、同年一月分以降の本件地代を保証協会が支払うものと信じて、その上申書中に、本件地代は「競売の申立て人に代払いしてもらっている」と記載した。被告は、同年七月一三日に本件放棄について破産裁判所の許可を得て、同月二四日にその旨の登記を了した。これによって、被告は、本件建物及び本件借地権が破産者の自由財産となったことを第三者に対しても対抗できることとなった。
9 青山は、本件放棄の事実を知らずに、同月二五日、被告に対して、同年一月一日から同年一一月九日分までの本件地代を五日以内に支払わなければ、地代不払いにより本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示のほかに、本件無断譲渡を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をも記載した内容証明郵便を発送し、同郵便は同年七月二六日に被告に到達した。被告は、青山から右催告を受けたことを原告には告知しなかったが、林坂には連絡した。
そこで、林坂は保証協会の木下洋一課長とともに、同月二八日に東京地方裁判所において本件地代の代払いの許可を申請した。そのころ、林坂及び保証協会の顧問弁護士は、被告が平成六年一一月九日に本件解約申入れをしたことを知り、被告に対して、本件解約申入れの目的、効果等をそれぞれ問い合わせた。これに対して、被告は、本件解約申入れによる本件賃貸借契約の終了を抵当権者に対抗できないから、本件解約申入れが担保権者に影響を及ぼすことはないと回答した。しかし、保証協会は平成七年七月三一日に本件許可申請を取り下げ、結局本件地代は支払われなかった。
10 青山は、同年八月一日に、本件地代の不払い及び本件無断譲渡により本件賃貸借契約を解除したことを理由として、破産者に対し本件土地の明渡しを求める旨の内容証明郵便を発送し、同郵便は同日ころ破産者に到達した。
その後、本件放棄の事実を知った青山は、破産者に対して、同年八月三一日、同年一月一日から同年一一月九日分までの本件地代を五日以内に支払わなければ本件賃貸借契約を解除する旨の内容証明郵便を発送し、同郵便は翌九月一日に破産者に到達したが、破産者が本件地代を支払わなかったため、本件賃貸借契約は同月六日の経過をもって解除され、本件借地権は消滅した。
原告及び近藤弁護士は、本件地代が支払われていないとの情報を得て、同年一〇月に本件競売事件記録を閲覧した際に、被告作成の「不動産放棄許可申請及び破産登記抹消登記嘱託の上申書」に、保証協会が本件地代を代払いをしている旨の記載があることをはじめて知った。
二 争点1について
1 担保保存義務の主張について
敷地の賃借人は、その敷地上に有する建物の担保権者に対する関係でも、地代を支払って担保権の価値を減少させないようにすべきではあるが、民法は、一三七条二号において債務者が担保権の価値を減少させたときは、期限の利益を失うことを定めているにすぎず、担保価値の減少によって直ちに債務者に本来の債務以外に損害賠償債務を発生させるものではない。担保権設定者である賃借人が、地代不払いによって、その土地上の建物の担保権者に対して損害賠償責任を負うのは、賃借人が借地権を消滅させて担保権の価値を損なわせる目的で地代を支払わず、あるいは、十分に資力がありながら、担保権の価値を損なうことを認識しつつあえて地代を支払わなかった結果、地代不払いの債務不履行によって賃貸借契約が解除され、担保力に不足が生じたような場合に限られるというべきである。そして、土地の賃借人が破産した場合に、担保権設定者の地位を承継したことを理由として破産管財人が負う義務の内容も、右の賃借人の場合と同様であることはいうまでもない。
これを本件について検討すると、前記一6のとおり、本件地代は本件解約申入れにより法四七条八号の財団債権となり、法五一条二項により、法四七条一号ないし七号の財団債権に劣後するところ、被告は、本件地代債権に優先する法四七条一号ないし七号の財団債権の総額が破産財団の積極財産を上回っていたために、本件地代を支払わなかったというのであって、本件地代を支払わなかったこと自体のみを取り上げれば、やむを得なかったというべきである(本件解約申入れの当否については、後記四に説示するとおりである。)。このように、被告は、原告に対する害意をもって本件地代の支払いを怠ったものではなく、また、十分に資力がありながら、あえて地代を支払わなかったものでもないことはいうまでもないから、本件地代を支払わなかったこと自体について損害賠償義務を認めることはできない。
したがって、被告が本件地代の不払いについて担保保存義務違反により責任を負う旨の原告の主張は理由がない。
2 破産管財人の善管注意義務違反の主張について
法一六四条二項の「利害関係人」には別除権者も含まれると解するのが相当であるから、被告が破産管財人の善管注意義務を怠って、原告に損害を与えた場合には、原告に対して損害賠償義務を負うというべきであるが、被告が本件地代を支払わなかったのは、前記1のとおり、本件地代債権に優先する法四七条一号ないし七号の財団債権の総額が破産財団の積極財産を上回っていたためであるから、本件地代を支払わなかったこと自体が破産管財人の善管注意義務に違反するとはいえない。
よって、被告が本件地代を支払わなかったことが破産管財人の善管注意義務に違反する旨の原告の主張は理由がない。
三 争点2について
1 担保保存義務の主張について
担保権者の把握する担保価値の変動については、担保権者自身が注意を尽くすべきであり、担保権設定者である賃借人が、その土地上の建物の担保権者に対して地代の代払いの機会を与えなかったことについて損害賠償責任を負うのは、担保権設定者が担保権者に対して地代の支払状況について虚偽の事実を述べて、担保権者が代払いをする機会を積極的に奪ったような場合に限られるというべきである。そして、破産者の地位を承継したことによって、被告が地代の代払いについて担保権者に対して負う義務も、右と同様であることはいうまでもない。
ところで、近藤証言によれば、前記一6のとおり、平成七年一月ころ、被告は近藤弁護士に対して、保証協会が本件地代の代払いをする予定である旨伝えたことが認められる。被告の連絡内容について、丸山は、被告が近藤弁護士に右の連絡をする前に、丸山が被告に対して競売手続に関して問い合わせをした際、被告は丸山に対して、第一順位の担保権者が本件地代の代払いをして競売手続を進めるから、原告において代払いをする必要はないと告げた旨の証言をする。しかし、右に認定したとおり、被告は、保証協会による本件地代の代払いはあくまでも予定にすぎないという前提で近藤弁護士に連絡をしたにもかかわらず、それ以前の時点で、保証協会による代払いが確定的な情報であることを前提とする発言をするとは考えられないのであって、丸山の右証言は信用できない。他方、被告は、本件地代の代払いを検討するように促したにすぎないと供述し、保証協会が代払いする予定である旨伝えたことを否定する。しかし、被告は、保証協会が本件地代の代払いをする予定であると林坂から聞いた後に近藤弁護士に連絡したにもかかわらず、林坂の右回答を伝えもせず、保証協会に対して勧告したのと同様に、原告に対しても代払いを促すというのは不自然であって、被告の供述のうち右の認定に反する部分は、にわかに信用できない。
被告が近藤弁護士に連絡した内容が、右近藤証言によって認定したとおりであるとしても、保証協会は、その当時実際に代払いを予定していたのであるから、被告は、近藤弁護士に対して虚偽の事実を述べて、原告が代払いをする機会を積極的に奪ったものではない。
よって、被告が原告に本件地代の代払いの機会を与えなかったことについて、担保権設定者として責任を負う旨の原告の主張は理由がない。
2 破産管財人の善管注意義務違反の主張について
前記一6のとおり、被告は、近藤弁護士に対して、破産財団から本件地代を支払う予定はない旨連絡し、本件地代の支払状況について注意を喚起しており、その際、確定的な事実として保証協会による代払いを連絡したものではなく、あくまでも保証協会の予定として告げたに過ぎないことが認められる。また、右の連絡をした時期は平成七年一月であって、本件地代の金額が確定し、支払時期が到来する平成七年六月末日までには六か月もの期間があったのであるから、その間に保証協会の予定が変更される可能性もあったということができる。そうすると、原告は、本件地代の代払いをすることが可能な状況にあったのであり、被告において、青山から本件地代の支払いを催告する旨の通知を受けたこと等を逐一報告して、さらに原告に対して本件地代の代払いをするように勧める義務があると解すべき根拠はない。むしろ、自らは何らの手続もとらずに保証協会の代払いによって本件賃貸借契約の債務不履行解除を免れようとするのであれば、原告としては、保証協会や青山に対して、現実に代払いがなされたかどうかを確認する必要があったといわざるを得ない。そして、丸山証言によれば、丸山は青山と面識があったのであるから、原告は青山に対して本件地代の支払状況を確認することが十分可能であったということができる。
したがって、被告が近藤弁護士に対して保証協会が本件地代の代払いをする予定であると伝えたことによって、原告の代払いの機会を失わせたということにはならないから、被告が本件地代を支払わなかったことが破産管財人の善管注意義務に違反する旨の原告の主張は理由がない。
四 争点3について
1 本件解約申入れと本件借地権の消滅との因果関係
(一) 本件解約申入れによる本件借地権の帰趨
破産者が賃借した敷地上に建物を所有し、同建物に担保権を設定していた場合に、破産管財人が民法六二一条に基づく解約申入れをすることによって、賃貸借契約の終了の効果を担保権者に対しても主張できるとすると、賃借権の管理処分権を有する破産管財人の意思表示のみによって、同建物の担保価値が著しく減少し、担保権者に不測の損害を与えることとなる。それゆえ、民法三九八条を類推適用し、破産管財人は、同法六二一条に基づいて賃貸借契約を解約しても、敷地上の建物の根抵当権者に対して賃借権の消滅を対抗することはできないと解するのが相当である。このように解しても、被告としては、本件建物を破産財団から放棄して、本件地代の支払義務を免れることが可能であったのだから、破産手続の遂行上、格別の不都合が生じるものではない。これに対して、原告は、破産管財人が裁判所によって選任されること、通常弁護士である破産管財人は熟慮の上で民法六二一条に基づく解約をすることを理由として、賃貸借契約の終了の効果は原告に対しても対抗しうると主張するが、担保権を設定した賃借人が借地権放棄の意思表示をした場合には、同法三九八条の類推適用により、借地権の消滅を担保権者に対抗できないと解されるところ、破産管財人が同条に基づいてなす解約も、専ら賃借人の意思表示のみによってなされるという点では、担保権設定者自身が借地権を放棄する場合と何ら異ならないから、破産管財人の意思表示による借地権の消滅を担保権者に対しても対抗できると解すべき合理的な理由はないといわざるを得ない。
そうすると、被告は本件解約申入れによる借地権の消滅を、保証協会、原告及び近藤内燃機工業に対抗できないのであって、原告らが本件建物について担保権を有している限り、本件借地権は本件解約申入れによっては消滅しないというべきである。
(二) 本件解約申入れと本件借地権の消滅との因果関係
林坂は、保証協会が平成七年七月二八日に本件許可申請をしたにもかかわらず、同月三一日に同申請を取り下げて本件地代の代払いをしなかったのは、同月二五日付の内容証明郵便により、同月二六日に、青山が被告に対して、本件地代の不払いによる停止期限付解除の意思表示及び本件無断譲渡を理由とする債務不履行解除の意思表示をしたことが原因であったかのごとく証言する。しかしながら、保証協会が本件許可申請を取り下げた同月三一日の時点では、未だ本件地代の催告期間は満了しておらず、また、本件放棄後に被告に対して右意思表示がなされたという点でも右の解除が無効であることを、保証協会は、右内容証明郵便の内容や本件建物の登記簿等を確認することによって容易に知りえたのであるから、本件許可申請の取下げの理由に関する林坂の前記証言は、にわかに措信しがたい。他方、《証拠略》によれば、保証協会の関係者は、右許可申請をした同年七月末ころ、本件解約申入れについて被告に問い合わせたことが認められる。林坂は、本件解約申入れの認識について曖昧な証言をするが、以上のような経緯にかんがみると、保証協会は、本件解約申入れの事実を知ったために、本件地代の代払いをする方針を撤回して右許可申請を取り下げたものと推認される。
ところで、同月二五日付の内容証明郵便による債務不履行解除の意思表示は、前記のとおり解除の効果を生じるものではなく、また、破産者に対して建物収去土地明渡しを求める旨の同年八月一日付の内容証明郵便を解除の意思表示と解釈することは困難であるから、本件賃貸借契約は、破産者に対する同月三一目付の内容証明郵便により、同年九月六日の経過をもって、地代不払いの債務不履行を理由として解除されたとみるべきである。
ところで、前記のとおり、被告は、法四七条一号ないし七号の財団債権に劣後する同条八号の財団債権を支払う財源がないにもかかわらず、本件解約申入れをしたことによって、本来同条七号の財団債権であった本件地代債権を同条八号の財団債権としたために、本件地代を支払うことができず、結局、地代不払いの債務不履行により本件賃貸借契約が解除されたという点においても、本件解約申入れと本件借地権の消滅には因果関係が認められることとなる。
もっとも、本件地代が代払いされていれば、本件賃貸借契約が債務不履行により解除されることはなかったのであるが、前記一9のとおり、被告が本件地代を支払わないまま本件建物を破産財団から放棄した後、本件賃貸借契約が解除される前に、保証協会が代払許可申請をしたにもかかわらず、同申請を取り下げ、結局代払いをしなかったのは、保証協会が本件解約申入れの事実を知ったことと無縁ではないのであり、本件解約申入れにより、本件賃貸借契約の帰趨について利害関係人に無用の混乱を生じさせたという意味でも、本件解約申入れと本件借地権の消滅との間には、事実上因果関係があるというべきである。
2 破産管財人の善管注意義務違反
前認定のとおり、被告は建物買取請求権を行使するために本件解約申入れをしたというのである。しかし、賃借人が破産した場合に、賃貸人ではなく破産管財人から民法六二一条に基づき賃貸借契約を解約した場合にまで、建物買取請求権が認められるかどうかについては疑問があり、とりわけ、建物買取請求権は、敷地利用権が消滅することによって耐用年数の経過しない建物が取り壊されるという国民経済上の損失を防ぎ、建物に費やした借地人の投下資本の回収を図る目的から認められたものであるところ、前説示のとおり、本件建物に原告らの抵当権が設定されている限り、本件解約申入れにもかかわらず本件借地権は消滅しないから、建物買取請求権は発生せず、本件解約申入れは破産財団にとって何ら意味のない行為であったというべきである。
被告は、本件解約申入れを原告ら担保権者に対抗できない結果、本件地代を破産財団から支払う義務を負っていたにもかかわらず、本件地代の支払時期である平成七年六月末日が到来しても、これを支払わなかったのである。右地代不払いについて、被告は、本件解約申入れの結果、本件地代債権が法四七条八号の財団債権となったからであると説明するが、前記のとおり、そもそも同条七号の財団債権であった本件地代債権が同条八号の財団債権となったのは、被告が本件解約申入れをしたことによるのであり、いわば、無意味な行為によって被告自ら本件地代を支払えない状況を招来させたのである。
そうすると、被告としては、本件解約申入れをすべきでなかったのであり、被告は破産管財人としての善管注意義務に違反したものとして、利害関係人である原告に対し、法一六四条二項に基づき損害賠償責任を負うと解する余地がある。
3 原告の本訴請求
被告は、原告の本訴請求が責任転嫁であって許されないと主張するので検討すると、前記四1(二)のとおり、原告は、平成七年四月に本件売買契約を合意解除したにもかかわらず、本件違法執行により、原告の従業員に本件建物を占有させていたのである。なるほど、本件賃貸借契約は、前記のとおり、結局は同年九月一日到達の通知によってなされた解除により終了しているところ、その解除の原因としては、賃料不払いのみが記載されており、本件賃貸借契約が本件無断譲渡によって解除されたとみることはできない。しかし、青山は、平成七年七月二六日に被告に対して解除の意思表示をしたときには、この無断譲渡をも解除事由の一つとして掲げており、かつ、同年八月一日付の破産者に対する本件土地の明渡請求においても、右無断譲渡も解除理由としたことを述べているのであって、このような経緯や本件違法執行の悪質性にかんがみれば、青山の被告に対する本件無断譲渡を理由とする解除の意思表示が、本件放棄後になされたために効力を生じないことを奇貨として、原告が本訴請求をすることは、権利の濫用に当たり、許されないというべきである。
五 以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 南 敏文 裁判官 小西義博 裁判官 納谷麻里子)